美術と信仰 4
この美術には自然主義の後退はいちじるしいものです。
しかし、それにもかかわらず、これまでは自然を意識しなかったミケネ人が、クレタによってはじめて自然へ開眼しました。
このことは無視できません。
彼らの人間存在の自覚はこの開眼によるからです。
自然に対立する人間の認識はここに生まれます。
ミケネ人の信仰のなかにクレタ的な女性神が受けいれられるのはこの証拠です。
ミケネ人はやはり小規模で変化に富み親しみのある自然を意識して、それと対立する人間を考えることになるのです。
それだから時々に現われる人間の自覚からくる迫力には限定があり、超自然的ではなかったのです。
このことはやはり縮小化と同質です。
・・・以上のようにみるとき、クレタ美術にもミケネ美術にも共通する「エーゲ化」が了解できるでしょう。
それはエーゲ世界でのみはじめて生れ栄えることができる美術です。
この点からエーゲ美術は一つです。
ちょうどクレタ文字(ミノア文字)がエーゲ世界に共通だったように・・・。
しかし内的には相異が明らかだから、クレタ人のエーゲ美術とミケネ人のそれとの差はあります。
ミケネ美術にはクレタを通した間接的な面もかなりあるのに対して、クレタ美術は鼓も直接的に率直にエーゲ化されるから、よりエーゲ的でしょう。
またオリエントかヨーロッパかの問題については、エーゲ美術は両者の中間にあるといいたいのです。
これがエーゲ世界、東地中海世界の宿命でもあります。
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